240324_みたむらしずこの親子で見る平和紙芝居 第3回/「原爆学級」「お母さんを焼いた運動場」

この日、子ども達は都合が悪くて集まれなかったけど、大人の方々が集まって下さってフリートークで有意義な情報交換ができました。皆さんもお気軽にお集まりください。現在は第四日曜日の13:30からですが、ご要望があれば都合をつけて開催しますよ。
■00:00「原爆学級~城山小学校の戦いの記録」 作/三田村静子 絵/城山小(先生有志)
被爆後の城山小学校の物語。1952年4月「原爆学級」という被爆児童20名と非被爆児童20名とで成長に変化があるかを調べたとされる養護学級が設置された。1958年3月「原爆学級」最後の卒業式が行われた。

■26:38「お母さんを焼いた運動場 」作/三田村静子 絵/小川湧水(ゆうみ)
被爆後の1949年、永井隆が山里小の児童に呼びかけて集めた文集「原子雲の下に生きて」。その中から辻本一二夫(当時5歳)くんの手記で作った紙芝居です。

■36:40 フリートーク

(参考)
1945/8/9 11:02 一発の原子爆弾が長崎市松山町の上空500mで炸裂し、その爆心地から近距離に位置していた二つの国民学校を含む浦上の地は一瞬のうちに焦土化しました。

■城山小学校(当時は国民学校):爆心地から500m。約1500人いた児童のうち約1400人と職員ら28人が亡くなりました。
♪子らのみ魂 作詞/島内八郎 作曲/木野普見雄
https://youtu.be/bbY0OtLWjG8?si=jTEkORd8SsuK1mwe

■山里小学校(当時は国民学校):爆心地から600m。約1600人いた児童のうち約1300人、職員ら28名が亡くなりました。
♪あの子 作詞/永井隆 作曲/木野普見雄
https://youtu.be/XSvom-F6KHQ?si=ITRXskPjXJEIOL1x

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